かつて日本電信電話公社(電電公社)が提供していたDEMOSは、日本における初期のオンラインコンピュータ利用サービスの一つでした。現在のように個人がパソコンで自由にプログラムを書く時代とは異なり、通信回線を使って大型コンピュータを利用する環境で、利用者向けに独自のプログラミング言語も用意されていました。この記事では、DEMOSで利用された言語や、その特徴、当時のコンピュータ環境について解説します。
電電公社のDEMOSとはどのようなサービスだったのか
DEMOS(Dendenkosha Multi-access Online System)は、電電公社が1970年代から提供したコンピュータ利用サービスです。当時は高価な大型コンピュータを個人や企業が所有することは難しく、通信回線を通じて計算資源を利用するタイムシェアリング方式が広まりました。
利用者は端末から電話回線などを経由してホストコンピュータへ接続し、プログラムを入力したり、データ処理を行ったりしていました。現在のクラウドコンピューティングに近い考え方を、当時の技術で実現したものとも言えます。
DEMOSは企業だけでなく教育機関や研究分野でも利用され、コンピュータを学ぶ場としても重要な役割を果たしました。
DEMOSで使われた代表的な言語「DEMOS言語」
DEMOSでは、利用者が大型コンピュータを扱いやすいように専用の高水準言語が用意されていました。この言語は一般的に「DEMOS言語」と呼ばれ、コンピュータ初心者でも処理を記述できるよう設計されていました。
当時主流だったFORTRANやCOBOLなどの汎用言語とは異なり、DEMOSの利用環境に合わせた対話型処理を重視していた点が特徴です。
例えば、計算処理やデータ整理、簡単な統計処理などを端末から入力し、結果をすぐ確認できるような使い方が想定されていました。
DEMOS言語の特徴と当時のプログラミング環境
現在のPythonやJavaScriptのように、入力してすぐ結果を見る対話的な利用方法は、当時としては非常に先進的でした。
一般的なプログラム開発では、ソースコードを書いてコンパイルし、実行結果を確認するまでに時間がかかることが多くありました。しかし、DEMOSのようなタイムシェアリング環境では、端末から命令を入力しながら処理を進めることができました。
また、教育用途ではプログラム作成の入門環境としても利用され、現在のオンラインプログラミング学習環境につながる考え方を見ることができます。
DEMOSで利用されたその他のプログラミング言語
DEMOSの利用環境では、独自言語だけでなく、用途に応じて一般的なプログラミング言語も利用されていました。
代表的なものとしては、科学技術計算で広く使われたFORTRANや、事務処理向けのCOBOLなどがあります。大型コンピュータの利用目的によって、適した言語が選ばれていました。
つまり、DEMOSは独自言語だけの閉じた環境ではなく、当時のコンピュータ技術を幅広く利用できる総合的なオンラインサービスでした。
なぜ現在ではDEMOSの独自言語が知られていないのか
DEMOSで使われた独自言語は、サービス専用に設計されたものであったため、現在広く使われているPythonやJavaなどのように発展することはありませんでした。
その後、パソコンの普及やインターネットの発展によって、個人が自分のコンピュータでプログラムを作成できる時代になりました。その結果、特定の大型コンピュータ向け言語よりも、汎用性の高いプログラミング言語が主流になりました。
しかし、DEMOSのようなサービスは、日本におけるオンラインコンピュータ利用の先駆けであり、現在のクラウドサービスやWebアプリケーションの考え方につながる重要な歴史の一部です。
まとめ:DEMOSは日本のオンラインコンピューティングの先駆けだった
電電公社のDEMOSでは、利用者が大型コンピュータを効率的に使えるように設計された独自の言語環境が提供されていました。
その中心となったDEMOS言語は、当時としては先進的な対話型コンピューティングを実現するための仕組みであり、現在のクラウドやオンライン開発環境にも通じる考え方を持っていました。
現在では利用される機会はほとんどありませんが、DEMOSは日本のコンピュータ史において、通信とコンピュータを結び付けた重要な技術として評価されています。


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